解説
陸前高田復興を支える電気店の父子 : NA:岩手県陸前高田市。NA:高校3年生の吉田芳広(よしひろ)さんです。NA:市内で電気店を営む父・寛(ひろし)さんの仕事を手伝っています。父:「巻き方わかる?」息子:「詳しくはわからない」父:「こう巻くんだ、わかる?」父:「シワが寄らないように」NA:客のあらゆる要望に電話1本で駆けつける寛さん。地域の人たちから厚い信頼を得ています。客:「ぱっぱと、すぐやってくれる。言ったらすぐに動いてくれる。頼りになるから」NA:あの日、津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市。父:「間違いなく、ここ、全部、俺んち。何も無くなった」NA:寛さんは、中心部で電気店を営んでいました。店舗兼自宅は津波で流されてしまいました。NA:芳広さんの母、眞紀子(まきこ)さん、弟の将寛(まさひろ)くん。祖母も亡くなりました。NA:当時、芳広さんは9歳。寛さんと2人きりの生活が始まりました。NA:震災後、寛さんは、新たな店舗で仕事を再開しました。NA:地域の電気店が減ったのに加え、新築の家も建ち始め、依頼が殺到。NA:夜、父の帰りを待つ芳広さん。留守番しながら、宿題や晩ごはんをすませる日々が続きました。息子:(お父さんは)忙しいから、1人でお風呂入って、寝る。NA:中学生の頃から芳広さんは夕食を自分で作るようになりました。父:「カツ丼、これ?」NA:高校の昼食用の弁当も3年間、自分で作ってきた芳広さん。父:「いただきます」NA:今では、父も納得の腕前になりました。息子: 「薄いべ?」父:「いや、俺はちょうどいい」息子:「めっちゃ、うめえ」父:「格別にうまいです、本当に」NA:父の背中をずっと見てきた芳広さん。同じ道を目指すことを決めました。息子:感謝とか尊敬されるような電気屋さんになりたい。人の信頼を得る。やはり信頼関係なので、電気屋さんも、全部。NA:芳広さんは、高校卒業後、陸前高田を離れ、仙台の電気工事会社で働きながら基礎を学ぶことにしました。息子:資格、経営、ちゃんとした知識を得てから、人を引っ張れる人間になってから戻ってきたい。NA:2020年3月。高校の卒業式を迎えました。NA:あの日から始まった二人三脚。区切りをつける春です。父:たった1人の息子なので、生きてさえいてくれれば、それが何よりじゃないですか。頑張る必要はないと思います。もう震災から頑張っていますから。息子:(父は)家も流されて、全部無くなってもまた一から始めて、仕事を続けて生きてくれていることにいちばん感謝です。でなければ、俺も今ここで生きていることもないので。今、普通に生きていられることに感謝です。
データの提供元
NHK東日本大震災アーカイブス
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最終更新日
2024/02/21